2005年伊豆大島夏合宿旅行記

2005年9月4日〜7日

第1日(9月4日)

☆台風が接近する中で
  今年3月の紀伊山陰自転車旅行では1ヶ月間自転車で走り続けたにもかからわず雨合羽装着回数0回、 8月の紀伊半島観光旅行では6日間全日晴天・・・。近年の自分の旅行は何故かいつも天候に恵まれまくっていた。 そのために最近では完全にうぬぼれ状態に陥り、9月の地圏探夏合宿も4日間快晴に終わるものだと信じ込んでいた。
  しかし9月4日、実際に当日を迎えてみると、目の前の現実が非常に厳しい状態にあることはもはや否定できなかった。 あまりのうぬぼれ具合に天罰が下ったのか、単に晴運が尽きただけなのかは知らない。 2年ぶりに地圏探の夏合宿に参加できると言うのに、その出発当日、日本の南には巨大な台風が渦巻いていた。 台風はゆっくり北上予想で本土直撃間違い無し、どう転んでもこの先数日間の荒天は免れそうになかった。
  しかも、そんな時に限って行き先は最悪な場所で「伊豆大島」。どんなに天気が荒れても陸路で行ける場所なら 大抵どうにか乗り切れるはずだが、海を越えるとなるとそうはいかない。
  予定としては今夜11時、東京竹芝埠頭を大型客船で出航することになっている。 但し、それは「予定通りフェリーが動けば」の話だ。既に台風の影響で伊豆諸島周辺の波の高さは5m前後と予想されている。 そんな状態でフェリーが予定通り出航する保障などどこにもないのだ・・・。 個人の旅行ならさっさとキャンセルするところだが、合宿となるとそうも行かないのが厳しい現実である。

☆出航13時間前の自宅出発
  大型船の出航時刻は午後11時だが、その前にいろいろと行きたい場所もあったので、出航13時間前の午前10時には自宅を出発して 高崎線に乗り込んだ。高崎線から見える光景はまだ残暑の夏空。この夏空があと3日続いてくれればいいのだが・・・、 そんなことは明らかに無理だと分かっていつつも、つい天に祈ってしまう。
  上野駅に到着後は荷物が邪魔なので、今夜の集合場所となる浜松町駅まで行きロッカーに荷物の預けた。こうして 身軽になったところで、向かった先は茨城県の土浦駅・・・。浜松町から上野まで戻り、さらにそこから常磐線で 約1時間の行程だ。
  なぜ土浦?というと、つい10日前に開業したばかりで話題の絶えない「つくばエクスプレス(TX)」の記念乗車を しに行く目的だ。その前に断っておくと、自分は別に鉄っちゃんという訳ではない。むしろ普段は自転車野郎なわけだが、 それでも最大時速130km/hの近代車両が突っ走ると聞いては鉄道マニアでなくとも記念乗車くらいはしておきたいものである (ただ、往復とも記念乗車するとお金がかかるので、片道はホリデーパスで乗り放題なJR線を利用というわけ)。

☆つくばエクスプレス
  というわけで午後1時に土浦駅に到着し、そこからはバスに30分程揺られてつくばバスセンターへ。 バスを降りると目の前には巨大なショッピングモールが建っていて、思った以上に近代的な場所だった。 「つくば」というと学園や研究所のイメージが強く、ショッピング街という印象は今まで全くなかったのだが、 正直なところ熊谷の店なんかより余程充実している。
  およそ1時弱、つくばのショッピング街を見て回った後(お金がないので買い物はしてないorz)、いよいよ TXに乗車。最初は駅が地下にあるとは知らず、駅がどこにあるのか探してしまったが よくよく見たらショッピングモールの目の前が地下駅の入り口だった。
つくば駅前の光景。近代都市で道幅がやたらと広い。 駅はどこだ?と探していたらこれが地下駅への入口だった。左の建物はショッピングモール。

  やはり開業からまだ10日、しかも休日とあって駅の構内は大混雑だ。乗り込んだ秋葉原行きの快速列車は思ったより空いていたものの、 先頭車両の最先頭部は時速130km/hの迫力を味わおうとする子供や鉄道マニアに埋め尽くされていた。 そして・・・、自分も先頭部を埋め尽くす一人に加わる。やっぱり自分では否定しつつも本当は 隠れ鉄っちゃんの血が入っているのだろうか・・・orz
  そして午後2時過ぎ、秋葉原行きの快速はつくばを出発、いよいよ最高時速130km/hの旅が始まった。 出発してしばらくは地下鉄で、カーブのあるトンネルの中を突き進む様子を先頭車両から前を見ているとまるでゲームの世界だ。 やがていくつか駅を通過した後はトンネルが上向きになり始め一気に地上へ、そして地上に出たかと思うと今度は 新幹線のような高架形式に変わり、カーブも少なくなったところで列車は更にスピードアップした。 線路脇に等間隔で並ぶ電柱が猛スピードで通り抜けて行く。これが130km/hの世界・・・、依然にJR西日本の新快速で 体験して以来の時速130km/hだが、線路の近くに壁面や電柱が多い為かTXの方が早く感じた。
  列車が早い一方で気になったこともあった。乗っている列車は快速列車なので次々と駅をすっ飛ばして行くわけだが、 そのすっ飛ばされていく駅の大半は駅の周辺が一面の水田・・・。茨城らしいと言えば茨城らしいのだが、こんなんで 利用者が居るのか?それともこれから開発をする計画でもあるのか・・・。
  その水田地帯も千葉県が近づくにつれて次第に都会へと景色を変え始めたが、その頃から今度は空模様が気になり始めた。 さっきまで晴れ間も多かった空だが、前方にどう見ても怪しげな暗雲が見えてきた。そうこうしているうちに時速130km/hの車両は 暗雲の下へと突っ込み、瞬く間に土砂降りの雨が降り出した。高速走行中はその雨の迫力も凄まじく、まるで シャワーを吹きかけられているように雨粒がこちらへ向かってくるように見えた。フロントガラスを叩きつけた雨は 風圧であっという間に吹き飛んで行くではないか。こんなのは高速道路でもなかなか見られない光景だ。
  やがて秋葉原の5つ手前の北千住駅に到着する頃になるとようやく雨は弱くなった。北千住ではTXの車両を記念撮影 するために一旦途中下車。本当はつくば駅で記念撮影は済ませるつもりだったが、ホームが地下でしかもあまりに混雑していたので 断念せざるを得なかった。小雨の中、ホームに滑り込んでくる車両を撮影した後はそのまま秋葉原行きの普通列車に乗り、 TXの記念乗車を終えた。
北千住駅で撮影したツクバエクスプレスの車両

☆とれとれ市場が千葉に来た
  午後3時過ぎ、TXで秋葉原に戻るとすぐにJR総武線に乗って今度は千葉へと向かった。目的地は千葉みなと駅の近くにある 「とれとれ市場」へ行くこと。とれとれ市場はもともと和歌山県の白浜町にある巨大シーマーケットで、 今年2月の紀伊山陰自転車旅行の時に夕飯を食べた場所だ。その思い出の市場が、自転車旅行から帰宅した1ヵ月後の4月に 2号店として何故か千葉に進出してきたらしく、物好きな自分はわざわざ見物+海産物を食しに行くというわけだ。 そのために、今日は今まで昼食も我慢して食べていないw
  千葉の1つ手前の千葉みなと駅で総武線を下車し、15分ほど東京湾に方へ歩くと海岸に面した場所に「とれとれ市場」はあった。 しかしまぁ周囲の様子は白浜とは大夫異なり、空気を濁らせる工場が立ち並び、建物は汚い東京湾に面している。これにはかなり萎えた。 どうしてこんな場所に白浜からわざわざ進出してきちゃったのやら・・・(まさか市場と千葉を掛けてわざわざこんな場所に?)。
  それでもとれとれ市場の中に入れば鮮魚の直売店に梅干コーナー、海鮮食堂、そして何より店内で無限ループ再生されている 「♪南紀白浜ぁ〜、堅田ぁ〜の港からぁ〜・・・、それぇ!とれとれとれとれとれとれとれとれぇ!とれとれ市場ぁ〜」 というオリジナルBGMは白浜のとれとれ市場そのものだww  一方、気になったのは白浜に比べてお客の数が少ないこと。こっちは首都圏で集客力も高いと思えるのに、 この閑散ぶりは何だぁ〜。白浜は平日でもごった返してたぞ・・・。
  そしてマグロ丼を食べる為に海鮮食堂に入ってみるとお客の数0人。時間帯が午後5時くらいで中途半端だからかもしれないが、 それにしてもこりゃあ酷すぎるw とれとれ市場、2号店進出失敗のピンチか!?これはだめかもわからんね。 とりあえずマグロ丼は美味しいのだが、こう閑散としているとどうも肩身が狭い。

☆今度は新宿へ
  とれとれ市場2号店の哀れな惨状を見届け、千葉を出発したのは午後5時半のこと。これでもまだ集合時刻まで4時間以上の 余裕があるので、京葉線経由で東京駅へ戻り、とりあえず八重洲のブックセンターで時間を潰した。 そして本を4冊も大量購入。どれもこれも、伊豆大島で「台風缶詰」という事態に備えての暇つぶし対策だ。
  それでも時間は余った。なので、中央線で新宿へ行き最後に都庁から東京の夜景でも見物して行こうと思い、 夜の都庁へ出向いた。自分は夜景好きでこれまで名古屋、札幌、福岡、京都、神戸、大阪、新潟、長崎などなど大都市の夜景は 大半見尽くしてきたが、何故か首都東京の夜景だけは1度もお目にかかったことが無かった。 都庁の展望台は昼夜通して無料、しかも夜は11時まで営業しているので夜景見物にはありがたい場所だが、 エレベーター乗り場ではテロ対策の手荷物検査が行われていて、セキュリティーの厳しさにちょっと驚いた。
  しかし、展望台へ行ってみると夜景そのものは霞が酷くてガッカリ。別に東京の夜景が期待はずれとかではなく、 単に天候の問題だ。特に都心方面は酷く霞んでいて、以前日中に訪れた時ははっきり確認できた東京タワーや東京ドームも ボンヤリ見えているだけだった。それもそのはず、この数時間後、東京都内は1時間に100ミリを超える記録的な大雨に 見舞われ河川氾濫・住宅浸水など大騒ぎになったのだ。空気中は既に水蒸気がたっぷりだったということだろう。

☆浜松駅集合、竹芝埠頭へ
  さて、前置きだけで項目数が5個にもなってしまったが、ここからいよいよ話は伊豆大島へ向かって行く。 午後10時前、浜松町駅に到着しサークルの集合場所になっていた浜松駅北口へ行ってみると合宿参加者の半数が 既に待機していた。それにしても、北口改札周辺は如何にもこれから離島へ向かいそうな大荷物を背負った団体 でごった返していて、ここを集合場所に選んだのはどうやら我々の団体だけではないことに気付かされた。
  全員が揃うのを待っている間、暇なので浜松町駅の周辺をウロウロしていると翌週行われる衆議院選挙の ポスターを発見。もしや!と思い駆け寄ってみると、やはりそこには見覚えのある黄色いポスターが・・・。 知る人ぞ知る有名人、唯一神又吉イエス(本名又吉光雄)氏のポスターだ。インターネット上で噂は散々聞いていたが、 この人のポスターを生で見るのは初めてで思わず記念に写真を撮ってしまったw
  そうこうしているうちに浜松町駅前には計12人の参加者全員が揃い、そのまま竹芝埠頭まで歩いて移動した。 埠頭に到着したのはもう出航30分前のことで、慌しく乗船手続きを済ませて乗船口の列へ並んだ。 心配だった台風の影響だが、自分たちが乗る神津島行きの「さるびあ丸」は幸いにも伊豆大島まで通常運行とのこと。しかし、 伊豆大島から先の利島・新島・式根島は最悪の場合欠航、神津島は既に欠航確定という物騒なことも張り紙も張られていて、 やはりこの合宿が台風と隣り合わせであることを感じさせた。
台風接近中につき、東海汽船の待合室にはこんな張り紙が・・・。 これからどうなるのか不安です。

☆土砂降りの出航
  午後11時、さるびあ丸は東京竹芝埠頭を出航。離れ行く東京の夜景を見届けようと思い、サークル仲間とともに甲板に出てみると 外は信じられないほど超土砂降りの豪雨になっていた。都心もお台場も雨に霞んでしまって、海面を叩きつける雨粒の音が 船のエンジン音に負けることなく聞こえてくる。さらに船が揺れると屋上に溜まっていた雨水が甲板に向かって滝のように 流れてくるので、とても落ち着いて夜景見物をしていられる状態ではなく、間もなく船室に戻らざるを得なくなった・・・。
  その船室だが、行きのフェリーは予約時に二等船室が既に満室だったために、代りに六人一部屋の一等船室を予約していた。 よって船室はサークルだけで貸しきり状態。明日の大島到着は早朝5時の予定だが、貸切部屋で他の客を気遣う必要がないことから 皆テンションが上がり、今夜は徹夜でトランプ組みが続出した。
  トランプをやりながらテレビを見ていると東京が大雨で大変な被害が出ているという臨時ニュースが放送 されていた。1時間に100ミリ超、とんでもない大雨だ。そう言えばさっき出航した時の雨は尋常ではなかったが、 あの雨のせいでどうやら東京は大変なことになっているらしい。
  その後、自分は深夜3時くらいまでトランプ大会に参加していたのだが、明日はレンタカーを運転しなければならないので 気休めににも2時間ほど仮眠をとることにした。その深夜3時にもなるとフェリーは東京湾から完全な外海に出て、 かなり波による揺れが大きくなってきていた。しかし、それは冬の新日本海フェリーで体験した地獄絵図よりは遥かに軽い揺れ方で、 覚悟していた程でもなく、幸い一人のゲロ犠牲者も出ること無く一晩が過ぎていった・・・。




第2日(9月5日)

☆伊豆大島上陸
  午前5時前、さるびあ丸は予定通り伊豆大島の岡田港に接岸した。2時間だけ気休めにと中途半端に寝たので、下船を前にして死ぬほど眠い。 そして下船準備が整った頃、船内に放送が流れた「利島・新島・式根島は高波のため船が接岸できないので、さるびあ丸は このまま東京へ引き返します」。利島から先へ行く予定だった人にとっては事実上の糸冬了宣言。なんとまぁ、ご愁傷様・・・。
  早朝の伊豆大島に降り立った自分たちは、バスに乗って大島の中心市街地の元町を目指した。フェリーが接岸した岡田港周辺は、 土産店と民宿が何軒かあるだけで早朝から時間を潰せるような施設は何もない。バスが岡田を出発する時、大粒の雨が降り出すとともに、 水平線には雲の隙間から朝日が顔を覗かせていた。不思議な天気だ。
  バスに揺られて約30分、バスは元町に到着した。見た目、街は離島にしてはそこそこの規模のようだ。 元町に到着したのは良いとして、レンタカーの開店時間が3時間後の朝9時のことなので、バスの終点にある御神火温泉 へ行きレンタカーの開業時間を待つことに。考えてみれば、東海汽船には風呂がないので昨夜の風呂が今朝にずれ込んだと 思っても良い。風呂から上がった後は、睡魔に耐え切れず休憩所で即爆睡。この間に休憩所で朝食を食べた人も多かったらしいが、 自分が目を覚ました頃には既にオーダーストップになっていて、朝食を食べ損ねてしまった。

☆濃霧の割れ目火口
  午前8時半、そろそろレンタカー店の開店時間も近いので2時間半近くも篭城し続けた御神火温泉を出発、 徒歩で元町港前のレンタカー店を目指した。建物の外に出て道路を歩いていると、ゴ〜〜〜〜という波が砕ける音が早速聞こえてきた。 思わず海を見渡せる高台の広場に駆け寄ってみると、海岸に巨大なうねりが次々と押し寄せてくるのが見えた。 波はたまに近くの桟橋を飲み込むほど高くなっていて、フェリーがここまで来れたこと自体が不思議に思えるくらいの荒れ様だった。
元町に近い御神火温泉の裏の海岸。ご覧の通り、 海はメチャクチャに荒れている。

  それから間もなく元町に到着。既にレンタカー屋前の路肩には地圏探が予約した7人乗りのイプサムと5人乗りのヴィッツの2台が 用意されていた。このうち7人乗りのイプサムを運転するのが自分と言うわけだ。思えばイプサムは2年前の福島夏合宿の時に 運転した思い出の車だ。
  レンタカー店での手続きを終えると、いよいよ地圏探一行はレンタカー分乗で元町を出発。 最初に向かった先は1986年の三原山大噴火で出来た割れ目火口跡。1986年の大噴火は自分にとって 記憶に残る最も古い自然災害だ(当時4歳)。あの頃からこの分野に興味があったのか、猛烈な勢いで熔岩が飛び散る様子を テレビで興味津々見つめていたのを今でも覚えている。その噴火口の跡に実際行けるとあってかなり期待のスポットだった。
  ところが・・・、元町から三原山に向かう道に曲がり、山を登り始めた途端辺り一面が濃霧に包まれ始めた。 霧は標高が上がれば上がるほど濃くなり、遂にはセンターラインまで霞んでしまうほど視界が悪くなる始末だ。 離島なので交通量が非常に少ないのは幸いだが、それでも時速は20km/h以下(自転車旅行以下!!)に落とさないと 運転もままならないほどだった。
  霧の中でやっと見える標識を頼りに山道を進んで行くと突然道幅が広がった。幅が広がると路肩までの距離が遠くなって 見えなくなるのでかえって怖い。そして、その広い場所が割れ目火口展望台の駐車場だと気づくのにも少し時間がかかった。 よ〜く見ると、路面に白い線がたくさん書いてあるのでようやく駐車場であることを理解し、車を停めた。
  さてまぁ、とりあえず車を降りたがマジで酷い霧だ。雨は降っていないだけ良かったが、霧もここまでくると雨の方がマシだ。 それでも折角来たので割れ目火口の遊歩道に入り込むことになり道を進み始めたが、本当に集団遭難しそうに思えた。 少し歩くと、足元が草地からゴツゴツした熔岩の荒地に変化、とりあえず火口の周辺に来たことは理解できた。
  幸い、その後間もなくして霧が風に流され、少し視界が開け始めた。視界が良くなる、と言ってももちろん晴れたわけではなく、 周囲が見渡せるようになったという程度だ。 視界が改善すると、辺り一面が焦げ茶色の熔岩に敷き詰められているが見えてきた。所々、火口の跡と思われる窪地も見つかる。 霧のお陰で景色の雄大さはイマイチ欠けてしまったが、それでもどうにか大噴火の名残を実感できて良かった。
  割れ目火口上に設けられた遊歩道を一通り往復したあとは昼食を食べるために元町へと戻った。 帰り道も相変わらず酷い濃霧だった。
壮大な割れ目火口の景色・・・、と言いたいところだが、あぁ霧霧霧霧。何も見えません。 散策しているうちにどうにか視界が良くなってきた。目の前に荒々しい光景が広がる。

☆元町で昼食
  車で元町へ戻るにつれ、今度は雨が激しくなってきた。元町に到着した時には完全に大降りになっていた。 とりあえず元町港近くの駐車スペースに車を置いて食堂をあたってみることになったが、最初に目をつけた店は休店中・・・。 二番目に目をつけた店は気に入ったメニューが無く、三軒目は食堂自体があまりにも狭すぎて 地圏探メンバー全員が入りきれず、結局分散して好きな場所で食べることになってしまった。
  自分は折角大島に着たのでどうしても海鮮丼を食べたく、三ヶ所目の狭い食堂に留まることにした。 自分を含めて5人全員が海鮮丼を注文した。なぜなら、海鮮丼以外にメニューが無いからだw  そして、その海鮮丼は実際には蕎麦とセットで、ボリュームは大したことがなかったが、流石に島とあって 刺身のネタは新鮮そのものだった。店の人によると、伊豆大島南部にある波浮港から仕入れたらしい。 この食堂は老夫婦が2人だけで経営しているようで、食事の間いろいろと話をしながら過ごした。
  食後、別の食堂で食事をしている人を待つ間、少しばかり元町にどんな店があるか車で一回りしてみることになった。 一番の目的は食料品を売っていそうなスーパーマーケットを探すことだったのだが、元町には家具屋や洋服屋など 結構いろいろな店がある割にはなかなか食料品店が見つからない。1万人もの人が暮らす伊豆大島、なのに 食料品店が1つも無いなんてことは絶対有り得ん。そう思い、街路を虱潰しに一本一本散策して行くと やっと1軒だけ食料品スーパーが見つかった。
  この時、元町を走り回っていてもう一つ非常に気になることがあった。街中の路上駐車がやたらと多いのだ。 これではヨソ者にとっては走りにくい。 最初は警察も何故取り締まらないのか?と疑問だったが、そのうちにこの街には「駐車禁止」の標識が 1つも存在しないこと気づいた。ここは交通量が少ないから、駐車禁止にする必要も無いらしい・・・。

☆火山博物館へ
  その後は元町港へと戻り、別の場所で食事をしていたメンバーとも無事に合流、午後になっても土砂降りの雨が 止む気配は無いのでこのまま大島火山博物館へ向かうことになった。博物館は元町からとても近く、10分も走らないうちに 到着してしまった。入館した時、丁度映画館で映画上映が始まるところだったので展示を見学する前に映画を見ることになった。 ちなみに、この博物館は入場料以外に映画を見るのに200円追加徴収される(≒二重徴収)。
  「ドゴォーーーーーーー」映画はいきなり大音響、大噴火の場面から始まり一瞬ビックリ。そして、それは記憶に残る最古の 自然災害映像と19年ぶりに再会した瞬間でもあり、大島の人には気の毒だが懐かしく映像に見入ってしまった。 映画はおよそ30分間だったが、睡眠時間2時間+仮眠1時間という状況下で、あの暗い場所で居眠りをすることなく居られたのは、奇跡か? それとも大音響のお陰か・・・?
  その後は普通に展示を見て歩いた。大噴火の記録や、世界中の火山の紹介など地学好きにとっては興味深い展示ばかり。 その一方、晴れた日の綺麗な三原山の写真を見ると、何でこんな時に大島へ来たのやら、恨めしくてため息すら出る思いだ・・・。

☆続いて貝の博物館
  1時間くらいかけて火山博物館を見学し終え、外に出てみると依然として土砂降りの雨が続いている。 これではとても屋根の無い場所に居られる状態ではなく、迷わず車で3分のところにある貝の博物館に行くことになった。 大島一周道路を南へ走ると間もなく貝の博物館入口の看板が現れ、そこを右折。しかし、右折するとそこは「え?ここを?」と躊躇してしまうほど 細い急坂の枝道だった。マジですかこりゃ?と思いつつ、ハンドル操作を誤らないように慎重に坂を下って行くと、 すぐに博物館らしき建物が見えた。一安心。そう言えば、貝の博物館は旧大島ユースホステルを改造して出来たという噂を以前に ネットで見たことがある。ユースホステルと言えば、大概「ややこしい場所」や「裏通り沿い」にあるのが相場で、 主要通り沿いにはまず存在しないのが相場。そんな背景を考えると、この博物館が何でこんな訳の分からない場所に 建っているのか理解できる。
  博物館の中は第一展示室から第五展示室までとにかく貝、貝、貝・・・。その数に圧倒されるほど貝だらけ。 「貝の博物館」の名に恥じない展示数には圧倒され、むしろよくも飽きずにここまで収集したもだと呆れてしまうくらいである。 海外産の貝殻には緑やオレンジ色をした綺麗な貝もあって、人工着色かと疑うほどだった。 そして、中には「桃太郎電鉄」でお馴染みの線路塞ぎ「う○ち」にそっくりな形をした巻貝もあって、 桃鉄を知っている人の間では形が似過ぎているので思わず話が盛り上がったり・・・?ちなみにその貝は沖縄へ行けば拾えるらしい。

☆地層切断面
  2つの博物館を全て見終えるともう午後3時を過ぎ、そろそろ宿泊先の大島セミナーハウスへ向かうことになった。 しかしその前に、さっき昼過ぎに元町で発見した食品スーパーで買い物をしたいということになり、元町へ戻ってスーパーに寄った。 そして、そのスーパーの中に入るとその瞬間、独特の臭いが・・・。それは他でもない、クサヤの臭いだ・・・。 大島ではスーパーの魚売り場の中で普通に名物のくさやが並べられていて、鼻が慣れないうちは店中に臭いが漂っているのが分かるのだ。 本州のスーパーで同じことをやれば、間違いなくクレームの嵐になると思われる。
  スーパーで買い物をしたあとは一路セミナーハウスへ向けて出発。セミナーハウスは大島で一番南にある波浮の近くにあって、 元町からだと島の端から端までの少々長い移動となる。
  やがて、大島の西岸沿いの道路を大夫南下していくと、突然左側に巨大な縞模様をした崖が見えてきた。 それこそが教科書にも載ることがあるほど有名な地層切断面だった。全長600mに渡って道路沿いに巨大な地層が露出している姿は見事で、 駐車スペースが見つかったので車から降りて見学していくことにした。
  車から降りて地層面に近づいてみると、ますます圧巻。三原山がキリに包まれるなどガッカリすることも多かった 伊豆大島だが、ここだけは期待を裏切ることは無かった。記念撮影をするにも絶好のスポットだ。
長さ600mも続く地層切断面の一部。通称、バウムクーヘンとも呼ばれているとか・・・。 地層切断面を見上げる。繰り返される噴火で立派な地層が出来上がった。

☆セミナーハウスへ
  伊豆大島初日の日程を終えた地圏探一行は午後5時前に伊豆大島セミナーハウスに到着した。セミナーハウスの管理人さんと 挨拶を交わしたあと、案内された合宿棟へ行ってみると・・・、あまりの広さに唖然とした。 150人くらいが泊れる建物に今夜は我々12人だけが泊るという訳の分からない状況だ。
  部屋分けが決まると、自分は即行で寝に入った。昨夜以来の睡眠不足で眠気は極度に達していた。 皆は体育館で卓球をやりに行くとかで自分も誘われたのだが、この眠気の中でそんな誘いにはとても乗る気にはなれず、 夕食の時間になるまで延々と寝続けた。
  それから1時間以上は寝続けただろうか?「夕飯の時間だ!」と誰かに呼ばれて目が覚めた。中途半端に寝たので眠気まみれの 最悪の目覚めだ・・・。夕食後は貸し切り状態の大浴場で大暴れをして一時的に覚醒したものの、結局そのことが 更なる疲労を招くことになり、皆がトランプ大会に没頭する中、自分は夜0時過ぎに眠りについた。




第3日(9月6日)

☆台風迫る
  伊豆大島2日目の朝、朝食を食べながらテレビを見ると、このチャンネルも猛威を振るう台風14号の実況中継ばかりだった。 この時、台風は九州のすぐ南まで北上し上陸寸前のところまで来ていた。なんだ、九州なら伊豆大島には関係ないじゃん? と思う人も大かもしれないが、今回の台風は「大型」。強風範囲は日本列島を全部カバーするほど大きく、ことさら 明日の東京行きフェリーが出航するかどうか心配は膨らんだ。
  午前8時半、大島セミナーハウスをレンタカーで出発。幸い、雨は止んで普通の曇り空になっていた。 昨日の天気が酷すぎたので、曇り空でさえも随分マシな天気に思えてくる。
  今日はまず最初にセミナーハウスから車で5分の筆島海岸へ行った。筆島の駐車場は車が良く事故る場所として レンタカー屋さんから「注意勧告」を受けていた場所だが、実際行ってみると確かに駐車場が狭い。当然バック駐車はやらないw (もっと言うと、バック駐車は広い駐車場でもやならいw 自転車の操縦なら自信あるが、車の運転は自信ないww)
  そして、その駐車場の目の前は大海原。沖合いに筆のような形をした細長い島(島というより岩)が浮かんでいるので「筆島海岸」 という名前らしい。海の波は昨日よりも荒れていて、沖に浮かぶ筆島にも波が激しく打ち付けていた。岩がポッキリ逝ってしまうのでは、 と心配になるほど・・・。
  それから、駐車場の脇からは海岸近くの遊歩道へ降りられる階段もあったので、高波に気をつけつつ少しだけ遊歩道を 散歩し、雨の止み間の海を楽しんだ。筆島海岸周辺は筆の形をした島だけでなく、海に向かって切り立つ垂直の崖も 魅力的で、おそらく伊豆大島の中でも一番迫力のある海岸風景ではないかと感じた。
波打ちつける筆島。島というよりは不思議な形をした岩だ。 筆島そのものも見事だが、背景の断崖絶壁も壮大。

☆三原山もうだめぽ
  筆島海岸で30分ほど散歩したあとは、伊豆大島東海岸を北上して昨日に続いて三原山へ向かった。 昨日は濃霧でダメダメだった三原山も、今日はもしかすると・・・、という僅かな期待を胸に。
  しかし、その期待は無残にも裏切られた。筆島を出発し、山道に入り始めると間もなく霧に突入。 地図上では「裏砂漠」と呼ばれる「真っ黒」な熔岩地帯の中を走っているはずのなのに、見える世界は「真っ白」。 結局、1時間近く霧の中を走って三原山の大駐車場に到着したが、視界は昨日の割れ目火口の時よりも悪い。 要するに、「何も見えない」ってわけだ。 こんな濃霧の中、三原山に登る物好きも居ないというわけで、大駐車場には地圏探のレンタカー以外に車の姿もなかった。 この時、地圏探メンバー以外で唯一三原山登山口に居たのは三原山交番常駐お巡りさん。そのお巡りさんも、 この有様にガッカリする我々を見て「キリで残念だね」と同情してくれた・・・orz

☆大島灯台もうだめぽ
  というわけで、二日間とも三原山は完敗。何も出来ずに三原山駐車場を出発し、とりあえず昼飯を買い込む為に、 昨日も立ち寄った元町のくさや臭いスーパーへと向かった。今日の昼食は食堂に入らず、どこか景色の良い海岸でも行って 食べようと言うわけだ。
  そこで昼食スポットとして目をつけたのが大島最北端の「大島灯台」。名前からして景色も雰囲気も良さそうじゃないか。 そんな期待を胸に、スーパーで昼食を買い込んでから大島灯台を目指した。元町から灯台へ向かう途中の海岸道路は 道幅が広くて走りやすく、打ち付ける荒波を眺めながらのんびりと走れるなかなかのドライブコースだ。
  しかし、灯台へ向かう道は途中から突然道幅が狭まり、しかも強制的に海岸から離される形で雑木林の中に突入。 道を間違ったかな?嫌な予感がよぎった。だが、道は間違っていなかったようだ。
  細い道を進んで行くとうっかり見落としてしまうくらいの小さな看板に「大島灯台左折」と書かれているのを発見した。 「そんじゃあ左折」と思い、左を向いてみると・・・、そこには自転車も通れるかどうか怪しい険悪路が。 そして看板をよ〜く見ると「車両進入不可、徒歩10分」と書かれているではないか。どうやら大島灯台は車で行ける 場所ではなかったらしい。と言うか、道があまりにも狭くて、車を駐車するスペースすら見当たらない。というわけで、もうだめぽ。

☆猫にエビ天
  大島灯台で昼食を食べることは出来ず、岡田集落周辺にも昼食を食べるような適所は見つからなかったので、結局元町近く の海岸まで戻り、道路沿いのあずま屋と岸壁で海を見ながらの昼食となった。と言うか、大島灯台まで行かなくても 十分景色は良かった。
  でも、そのあずまやには先客が居たようだ。

  「ニャー」

  地圏探メンバーが弁当を広げ始めるとネコが食べ物をねだってきたのだ。飢えてるのか馬鹿に痩せている。 そして、とにかくニャーニャー鳴くので落ち着いて弁当も食えやしない。それを見かねた皆が弁当を少しネコに分け与えているのを 見て、自分も弁当についていた生姜をネコにあげてみた。でも、ネコは生姜には見向きもしない・・・。 飢えている割に好き嫌いするとは贅沢な奴だ(かと言って、ネコに生姜は酷すぎたかw)。
  しばらくして、ネコがまた何かくれと擦り寄ってきたので今度はエビ天の尻尾をあげると、今度は夢中で喰らい付いている。 どうやらエビ天はお気に入りらしい。一方で、最初にあげた生姜の塊はエビ天を夢中で食べるネコの後ろ足の下敷きになってグチャグチャに 踏み潰されているではないか・・・。コイツは偉い贅沢者だ。このままだと、ますます痩せて来年には骨と皮だけ・・・、いや 白骨化死体になっているかも。
  やがてネコの相手をするのも飽きたので、昼食後はしばらく岸壁に座って打ち寄せる荒波を眺めていた。 一言で言ってこの海の荒れ方はヤバい。打ち寄せる波の高さは5m、その波が崖にぶち当たって出来る飛沫の高さは10mを 軽く超えている感じだ。内陸人にとってはこんな光景は滅多に見られるものではなくついつい見入ってしまうが、 明日のフェリーのことを考えると心配になる。
昼食を食べた海岸で出会ったネコ。写真では分かりにくいが随分と痩せている。 波は一段と高く打ち寄せ、波飛沫の高さは10mを超えていると思われる。

☆大島公園と椿資料館
  昼食時間が終わり午後になるとまた小雨が降り始めた。午後も野外で活動するのは無理そうだ。 悪天候でも活動できるような名所や博物館は既に全て回り終え、とうとう二日目の午後にして活動の「ネタ切れ」という事態に 陥ろうとしていたが、最後に一つだけ、島の東側に大島公園と椿資料館があるので午後はそこで過ごしてみてはどうか、 ということになり移動を開始した。
  昼食を食べた場所から30分ほど移動すると、大島公園に到着。大島公園内には椿資料館や動物園、遊歩道もあるのでここで 1時間半ほど自由行動をとることになったが最初は皆で椿資料館を見学していた。椿資料館を一通り見たあとは、 自分は1時間ばかり一人で海岸の遊歩道を散歩・・・。他のメンバーがどこでどうしていたかは知らない。
  そんな中、一人で海岸沿いの遊歩道を散歩していると、突然頭の上のほうでガサガサと音がし始めた。 最初は風かな?と思っていたが、どうも音の感じが風とは違う。風にしては音のしている場所が1箇所に集中しているし、 ネコともイヌとも違う妙な鳴き声も聞こえるような気がする。頭上で何か恐ろしいことが起きている気がして恐る恐る気になって上を見上げると、 サルの大群・・・少なくとも10匹以上・・・が次々と枝から枝へジャンプしているではないか(ΦДΦ)! 大島公園の中に動物園があると言う話は聞いていたが、大島公園全体がサファリパークになったいう話は聞いていない。 ということは、コレみんなは野生のサル・・・?
  大島猿軍団との遭遇に驚かされた後は、長者窟海岸という誰も居ない海岸まで歩いて引き返した。 帰り道は近道もかねて動物園の中を歩いたが、やはりサルが放し飼いにされている様子は無かった。
真っ黒な熔岩が切り立つ長者窟海岸。

☆波浮の港
  公園周辺を散策をしているうちに自由行動の時間も終わり、セミナーハウスへ方面へ戻ることになった。 帰りと途中、大島東側の裏砂漠を通ったが朝と変わらず濃霧に包まれて何も見えなかった。
  このあと、セミナーハウスに戻る前に大島の最南端にある波浮港の見晴台に立ち寄った。 波浮港はマールと呼ばれる火口が海と陸続きとなった天然の港で、見晴台から見ると港の地形が真丸であることが 一目で見渡せる。入り江の港は外海の時化が嘘に思えるほど穏やかだ。
見晴台から見下ろす波浮港。港はもともと 火口で出来た天然の入り江で波はとても穏やかだ。

  そして、見晴台から下を眺めているうちに港へと降りてみたくなり、実際に行ってみることになった。 見晴台を出発し、超急傾斜の道路で海岸まで降り、さらに車同士のすれ違いが出来ないほど狭い道を 進んで行くとさっきまで上から眺めていた波浮港に到着。車から降りて港周辺を散策してみた。
  波浮港の狭い小路沿いには木造の住宅が立ち並び、ここには伊豆大島の中でも珍しく古い街並みが残されていた。 天然の港は波穏やかで、小型の漁船がプカプカと浮かんでいる。台風で荒れ狂う元町の港とはまるで別世界だ。 そんな静かな時間が流れる波浮に、ついつい予定外の長居をしてしまった。
  ちなみに波浮は「波浮の港」という昭和のヒット曲の舞台になった場所らしく、どう考えても観光客が多く訪れるとは思えない 港の一角に立派な記念碑などが建てられていた。
波浮港には小型の漁船がたくさん浮かぶ。 時が止まっているような静寂に包まれた波浮の集落。伊豆大島の中では唯一「離島らしさ」を感じられる場所だった。

☆突然の宣告
  波浮きから5分ほどでセミナーハウスに戻った地圏探メンバーたちは、夕食の時間まで昨日と同じように体育館の卓球台や バトミントンを借りて遊び始めた。昨日は眠くて部屋で死んでいた自分も、今日は卓球大会に参加した。 卓球大会の名は、伊豆大島の名産「くさや」にちなんで「クサヤ杯」。実に嫌な名前だw
  こうして卓球を楽しんでいる時だった。セミナーハウスの管理人さんが突然体育館にやってきて、我々に宣告した。

  「海が荒れているので、明日の東京行きのフェリーは出航時刻が午後2時から午前6時に早まります」

  覚悟していた事態がとうとう訪れたと言う感じだ。いや、欠航でないだけまだマシか。明日、もしも奇跡的に晴れたら もう一度三原山に挑戦しようという案も出されていたが、これで三原山への希望は完全に絶たれた。
  このあと気を取り直してクサヤ杯は再開されたが、結局自分は11-4で惨敗し、二重のショックを被むることになったw

☆終夜トランプ大会
  この日の夜は雨は降らず、食事と風呂のあとは外で花火をやることになった。しかし、持ち込んだ花火の量があまりにも 少なすぎたので花火はたった10分くらいで糸冬了。そのあとは、もっぱらトランプ大会になった。 ちなみに使われたトランプは某氏がわざわざ本土から持ち込んだ「2ちゃん○るトランプ」。 このトランプ、慣れるまではゲームよりもカードの絵柄が気になって仕方ないという諸刃の剣。初心者にはお勧(以下ry
  明日朝は6時出航のフェリーに乗らなければならないので、セミナーハウス出発は午前5時前。 結局中途半端に寝ても仕方ないという開き直りから、数名はこのあと徹夜でトランプ大会を続けたらしい。 自分は午前2時過ぎに撃沈。最初は「ちょっとだけ仮眠」の予定だったが、そのまま深い眠りに落ちてしまった形だ。




第4日(9月7日)

☆さらば大島
  まだ夜も明けない午前5時前、予定時刻を繰り上げて出航する大型船に間に合わせる為、地圏探メンバー一行は セミナーハウスを後にした。多少寝た者も終夜トランプを続けていた者も、極度の睡眠不足のために車の中では 皆無言・・・。7人も乗せていると言うのに静まり返っている車を約1時間弱かけて岡田港まで運転した。 岡田港に到着するまでに夜は明け始め、朝焼けが綺麗だった・・・。そう、皮肉にも離島する日になって 天気は回復したというわけだ。
  大型客船に乗り込んだあとは超速で寝た。いつものように、旅人気取りに遠ざかる島を見届けることもなく、 外の見えない2等船室に篭ってひたすら寝た。そして3時間半後、誰かに起こされて起きると、もう高層ビルに囲まれた東京港の中だった。 そして、下船。何ともあっけない伊豆大島との別れであった。

☆つかの間の休息
  東京港に降り立つと、台風の影響で南風が吹き荒れていたものの青空が広がっていた。 台風に翻弄され、雨と濃霧に悩まされた伊豆大島合宿もこれで終わりである。 午前10時、東海汽船の待合室で最後のミーティングを行い、解散となった。
  それから自分は寄り道することなく熊谷へ戻ったので、正午前には自宅へと戻った。 そして、それは「つかの間の休息」となった。 何故なら、翌日から自分は走行距離1500km・総高低差8000mを計画している14日間の「中部北陸自転車旅行」へと 旅立ってしまったからである。 当初、この自転車旅行は合宿との間に休息日を1日入れ、9月9日に出発することになっていた。 だが、明日は一日晴天の出発日和が予想されている。半日早く帰宅できてしまった今、多少無理をすれば明日の出発は可能であり、 その晴天を無駄にしたくはない。雨に悩まされた後だから尚更そう思う。
  そんなわけで、伊豆大島夏合宿から帰宅するとすぐにリュックサックの荷物を抜き替え、 明日からの自転車旅行に向けて準備を整えたのであった・・・。


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